コロッケにはソースか醤油か【よく食べ、よく生きるシリーズ第1回】

美味しいものを口にして「ふふっ」と思わずこぼれる笑み。一緒に食卓を囲む人との会話。失敗しながら作った不格好な料理。生きるために食べることは必要不可欠、意識すらしないくらい身近な存在です。食べることにまつわる何気ない一コマが生きることの彩りになったりもします。“よく食べ、よく生きる”をテーマに、美味しい料理とそれにまつわるエピソードを書いていきます。

「こんなもん食べない!俺は、醤油のかかったコロッケが食べたかったんだ!」

 

何事かと振り向くほどの大声で、ご利用者さんは怒鳴り、食事に手を付けずに自分のお部屋へ戻ってしまった。

 

私が特別養護老人ホームで働き始めて間もなかったころ、ご利用者さんの食卓への誘導や配膳準備の重なる食事時はいつも忙しさに追われていました。その日も、迫る午後の予定に気を取られ、厨房からお皿に盛られ運ばれてきたコロッケに、なんの迷いもなくソースを回しかけ、ご利用者さんの目の前に運びました。

 

当然、コロッケを見た何人かのご利用者さんの顔が曇り

「かかっているのはソース?俺はコロッケは醤油派なんだよ」

「添えてあるキャベツはソースが良いけど、コロッケは醤油ね」

と、無造作にソースがかかったコロッケに不満を持つご利用者さんもいました。

 

それでも、しでかした失敗を理解してない私が、取り換えようともせずに食事をスタートさせようとしたところで、あるご利用者さんはついに我慢の限界を迎えて、怒鳴ったのでした。

 

部屋に戻ってしまわれたご利用者さんに渋々謝りに行くと、ご利用者さんは落ち込んだ様子で、とくとくと話し初めてくれました。60代の男性であるそのご利用者さんからすると、施設の食事はあっさりとしすぎていて物足りなく感じていたこと、久しぶりに食べる好物の揚げ物を朝から楽しみにしていたこと、奥様の作ってくれる料理が美味しかったからソースよりも、雑味の少ない醤油が好きになったこと。

 

話は聞けば聞くほど、単なる食べ物の好みの話ではなく、そのご利用者さんの歴史を語ってくれているように聞こえました。食べるというのはただの行為ではなく、人によって異なる決まりがあり、その決まりには生き方が深く関わってきているのだと勉強になりました。

 

コロッケにソースを勝手にかけるということは、自分のルールを他人に押し付けてしまったということ。怒鳴ってくれたご利用者さんのおかげで、反省することができました。

 

特別養護老人ホームで働くなかで、昔から食べるという行為は好きでしたが、それだけではなくもっと広く、食べることに興味がわきました。食べられなくなりゆっくりと亡くなっていくご利用者さんを看取り、「食べられなくなるということは・・・」と、食べることの重さも教えてもらいました。

 

 

後日、ご利用者さんは醤油をかけたエビフライを満足そうに頬張っている姿は、見ているだけで私まで心がいっぱいになりました。

(影山)