眼下に湘南の海を臨み、漫画スラムダンクで有名になった江ノ電の鎌倉高校前駅の真上に、重症心身障害児者施設「鎌倉療育医療センター小さき花の園」はあります。その日はあいにくの雨模様。
海辺だけあって風も強く、横なぐりの雨が降る中、それでもいつも変わらない表情でそこに立ち続ける母親の像を、私は傘を差しながら見上げていました。「おーい」と施設の中から声がして、誰もいなかったはずの静かな入り口から現れた男性が、私に手を振っています。
私を招き入れてくれたのは、かつての上司であり、湘南ケアカレッジの立ち上げを手伝ってくれた人物であり、またケアカレの卒業生でもある木島さん。
お子さんがリハビリでお世話になったのをきっかけとして、今は「鎌倉療育医療センター小さき花の園」でボランティアとして車椅子を掃除したり、彼の愛犬の名に由来するリトルJ基金を設立して寄付をしたり、少しずつ深く関わるようになったそうです。その縁をもつなげてくれたおかげで、私もこうして「鎌倉療育医療センター小さき花の園」に足を踏み入れることになりました。
実はここ、「鎌倉療育医療センター小さき花の園」(以下、小さき。職員さんもそのように略していました)は、神奈川で介護や福祉に携わる人たちにとっては有名で、誰に聞いてみても、「あの海のそばにある障害者施設だよね」とか、「昔、実習で行ったことがあるよ」と返ってきます。
それもそのはず、来年は50周年を迎える、歴史と由緒ある施設なのです。施設全体を案内してくれた係長の髙原さんも、学生の頃に実習でお世話になってそのまま小さきで働くことになり、気がつくと16年が経っていたそうです。
「利用者さんたちが魅力的ですからね」と彼女は言います。
さらに聞いていくと、「言葉を話すことができない利用者さんがほとんどですから、言葉に頼らない繊細なコミュニケーションが必要になります。
たとえば、最初は知らない人の声だと認識してもらえないのですが、次第に私たちの声だと分かって振り向いてもらえたり、また振り向くだけが反応ではなくて手を叩いてくれたりすることもあります。
そうした小さな反応に私たちが気づかないと、コミュニケーションにならないのです。とても繊細なコミュニケーションだからこそ、分かり合えたときの喜びは何ものにも代えがたいです」と言葉をつないでくれました。
「利用者さんに認めてもらうまで3年はかかるよ」と先輩の看護師に言われたそうです。ここで言う、認めてもらうとは、利用者さんの言いたいことが分かり、こちらの伝えたいことも利用者さんに伝わる、つまり相互理解が深まるということでしょうか。
施設長さんや他のスタッフさんも同じようにおっしゃっていましたので、実際にそれぐらいの長い歳月が必要なのは間違いありません。
しかも、毎日少しずつ前進していくわけではなく、利用者さんにも調子の良い時と悪い時があり、昨日上手く取れていたコミュニケーションが今日は取れなかったりすることもあるそうです。雨の日も晴れの日もあり、一進一退を繰り返しながら、少しずつお互いを理解してゆく。これを奥が深いと言わずして何と言いましょう。
「彼女は小さきのムードメーカーです」と紹介された高橋さんは、現在、子育てをしながら、主に早番で働いています。高齢者介護にたずさわっていたこともありましたが、ずっと障害者のケアをしてみたいと思っていたところ、たまたま小さきの求人情報を見たそうです。
それ以来、14年間にわたって働き続け、お子さんの誕生を機に一旦育休・産休を得たのちに復職しました。ご自身にお子さんが生まれる前と後で、仕事に対する心境の変化はありましたか?と尋ねると、「それまでよりもっと利用者さんたちが愛しくなりましたね!」と率直に答えが返ってきました。彼女の仕事ぶりを見ていると、あちこちで利用者さんたちに声をかけ、彼ら彼女たちの代弁者として動き回っていました。
施設の中を静かに歩いていると、ピアノの音と共に、歌声が聞こえてきました。息の合った演奏につられて近づいていくと、利用者のKさんと支援スタッフの久末さんが1つのピアノで一緒に鍵盤を叩いています。
久末さんは音大を卒業したのち、この道に進んだ7年目のスタッフです。変わり種と思われるかもしれませんが、もともと音楽家になるつもりはなく、妹さんに障害があったこともあり、介護や福祉は昔から全く関わりのない分野ではありませんでした。今はコミュニケーションを通し、利用者さんのできることを引き出していくことができればと考えています。そのような考えに至ったのは、Kさんとの出会いが大きかったと言います。
Kさんは自閉症の傾向があり、かつ視覚に障害があるため、どのように接するべきか、距離感の見極めが難しい方でした。適切な距離感を知るため、時間をかけて接していった中で、ある日、Kさんは意外にも強いスキンシップが好きであることに気づいたのです。手をグッと握ってあげると喜び、いつしか久末さんのことを認識し、彼だと分かると反応をしてくれるようになったのです。
さらに音楽を通してコミュニケーションを深めることで、今や自身の指で好きな音を出し、楽しむことができるようになりました。
自閉症といえども十人十色。教科書通りではないコミュニケーションの方法もあることが分かり、この経験を他の利用者さんにも応用していくことで様々な思いもよらなかった反応が返ってくるようになったそうです。
そうしてコミュニケーションを図っていくと、次第に意思疎通ができるようになり、まるで家族のような距離感になっていくと久末さんは嬉しそうに語ります。たとえ言葉を交わすことができずとも、私たちは心を通じ合わせることはできるし、そうして膨大な時間を共に過ごしているうちに、私たちは家族のようになっていくのです。
利用者さんたちが暮らす居室は相部屋になっており、4~6名が様々な方向にベッドを向けて寝ています。一定の方向を向いていないのには理由があり、ある方は目が良く見えるので部屋全体が見えるように頭の位置を定めていたり、ある方はテレビを見るのが好きなのでテレビの位置に合わせてベッドを斜めにしていたりします。
そうしてハの字に寝ている彼ら2人は言葉を交わすことはありませんが、小さき入所時から長い付き合いがあります。職員は代弁者として、彼ら彼女たちの意思をくみ取るだけではなく、時には利用者さんと利用者さんの間に入って、利用者さん同士をつなげることもします。
利用者さんごとに、ベッド柵の高さが違うことに気づきました。低い、中ぐらい、高いの3段階は少なくともあります。その理由を聞いてみたところ、「利用者さんの身体・精神状況に合わせて、ベッドからの転落等がないように、医師や看護師らが話し合い、家族やご本人の同意も得て、ベッド柵の高さを決めています。
高いベッド柵は身体拘束にあたるので、慎重に行っています。施設見学に来てくれた方などから、高いベッド柵が可哀想だったと言われることもありますが、きちんと理由を説明してくれると理解してもらえます」と教えてくれました。
季節感を出すことにも力を入れているそう。
利用者さんは外出の機会が少ないため、せめて飾りつけや行事(施設で育てたスイカ割り大会であったり、それぞれの利用者さんの身体状況に合わせて設定されたゲーム大会など)を通して季節を感じてもらいたいとのこと。
箱根の温泉に宿泊したり、ディズニーランドまで旅行したこともあるそうです。
続いてリフトを使って移乗介助をするというので、実際に見せてもらいました。髙原さんは、先日アメリカに赴いてリフト介助の研修を受けてきました。
その際、「何%ぐらいの利用者さんに対してリフトを使っていますか?」と尋ねたところ、「その質問自体がナンセンス」と返ってきたそうです。
そう、アメリカでは持ち上げの介助は行われておらず、リフトの使用が根付いているのです。それは利用者さんの安全のためでもあり、介護者の身体を守るためでもあります。
「実際に腰を痛めて辞めてしまう人もいます。小さきでもリフト等の利用は課題であり、私たちが研修をするなどして少しずつでも利用を広めていこうとしています」と髙原さんは、どこの介護施設でも抱えている悩みを包み隠さずに話してくれました。
最後に園長の髙橋さんに話を聞くことに成功しました。小さきに来る前は、小児科医として病院勤務していたそうです。小さきで園長を務めることになり、病院に来る子どもたちを看ていたときには気づかなかった、在宅で介護をする家族の気持ちが分かるようになったとおっしゃいます。
施設の中で家族としてずっと一緒に過ごすことで、家族の大変さや苦しさだけではなく、深い喜びや愛情も感じるようになったということです。
「分かり合えた一瞬は嬉しいですし、生活の豊かさを実現してあげたいと願っています。食事や睡眠、排泄といった、人間が生きていくために必要な最低限の生活だけではなく、それらが土台としてしっかりしている上にある、生活の豊かさを提供したいですね。そのためにはもちろん、働いているスタッフの生活の豊かさも追求していかなければならないと考えています」
生活の豊かさ、QOL(Quality Of Life)とは、単に物質やサービスなどの量的な豊かさだけではなく、満足度や幸福感、生きがいなどの精神面の豊かさを重視する考え方であると介護職員初任者研修では習います。
小さきを取材、インタビューをさせてもらう中で、園長をはじめとして、スタッフの誰しもが、身体介護についてひと言も触れないのを不思議に思っていましたが、その謎が解けた気がしました。よく言われる三大介護(食事、排泄、入浴)は生活の土台として当たり前にあって、小さきが利用者さんに対して追求しているのは、その上にある満足感や幸福感、生きがいという生活の豊かさなのです。
それらをどのようにして実現していくかを考えたとき、まずはコミュニケーションの問題が最初に来ます。言葉を話すことができない利用者さんの代弁者として、彼ら彼女たちの気持ちを察知し、互いに理解し、気持ちが通じ合うことから始まるのです。園長やスタッフさんたちが語るコミュニケーション論から、その本質は見えてきました。
相互理解に至るまでには時間がかかるものであり、言葉はときとして邪魔になるのではないかということです。言葉は表面的に分かったつもりにさせてしまい、相手の心の声を聴くことを妨げたり、怠ってしまうことにつながるのではないでしょうか。
非言語コミュニケーションを通し、真の相互理解が得られたとき、つまり互いの心の声が聴こえたとき、そこには何ものにも代えがたい喜びがあり、私たちの生活は豊かになるのです。
小さきを出ると、雨と風はすでに止んでいて、どこからともなく海の声が聞えてきました。
海の声が聞きたくて
風の声に耳澄ませ
海の声が知りたくて
君の声を探してる
会えない そう思うほどに
会いたいが大きくなってゆく
川のつぶやき 山のささやき
君の声のように感じるんだ
目を閉じれば聞こえてくる
君のコロコロした笑い声
声に出せば届きそうで 今日も歌ってる
海の声にのせて
(「海の声」BEGIN より)
働く人の声
分かり合えた時の喜び
言葉を話すことができない利用者さんがほとんどですから、言葉に頼らない繊細なコミュニケーションが必要になります。小さな反応に私たちが気づかないと、コミュニケーションにならないのです。とても繊細なコミュニケーションだからこそ、分かり合えたときの喜びは何ものにも代えがたいです。
支援スタッフ 髙原さん
我が子の誕生を機に、愛おしさが増した
ずっと障害者のケアをしてみたいと思っていたところ、たまたま求人情報を見つけました。それ以来、14年間にわたってこちらで働き続け、子どもの誕生を機に一旦育休・産休を得たのちに復職しました。自分に子どもができてからは、それまでよりもっと利用者さんたちが愛しくなりましたね。
支援スタッフ 髙橋さん
まるで家族のような距離感
Kさんとの出会いをきっかけとして、教科書通りではないコミュニケーションの方法もあることが分かりました。様々なアプローチでコミュニケーションを図っていくと、次第に意思疎通ができるようになり、まるで家族のような距離感になっていきます。
支援スタッフ 久末さん
【常勤】 社会福祉法人聖テレジア会 鎌倉療育医療センター小さき花の園 (医療型障害児入所施設、療養介護)
年収例 3,085,500円~+処遇改善手当(年1回手当として支給)(経験3年介護員、初任者研修修了者の場合) 3,246,000円~+処遇改善手当(年1回手当として支給)(介護福祉士の場合)
月収例 212,500円~(経験3年介護士、初任者研修修了の場合)
224,600円~(介護福祉士の場合) 内訳【基本給183,600~円、夜勤手当9,000円/回(月平均2回)、 資格手当11,000円、療育手当12,000円】 他手当:早出手当500円/回、住宅手当8,500~20,000円、 扶養手当2,500~16,000円、処遇改善手当(年1回手当として支給) 賞与:合計3カ月年2回支給
待遇 ・交通費支給(実費50,000円/月まで) ・社会保険(労災保険、雇用保険、健康保険、厚生年金) ・車通勤(原則不可)、バイク通勤(可) ・昇給あり ・制服貸与 ・保育金補助(1人につき30,000円まで)
勤務地 神奈川県鎌倉市腰越1-2-1
アクセス 江ノ電 鎌倉高校前駅下車徒歩3分
勤務時間 7:00~16:00、8:00~16:30、8:45~17:45、 10:00~18:30、10:30~19:00、 11:30~20:00、17:00~翌9:00
休日 年間休日127日(週休2日、年末年始休暇、リフレッシュ休暇)
応募資格 介護職員初任者研修修了以上
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